ベレニケ様生誕祭2012~
見えない星(2)

「……いい加減に離れたらどうだ。暑苦しい事この上ないし身動きも取れん」
「悪い悪い。つい〔仲間〕が帰って来たのが嬉しくて」
「尚さら性質(たち)が悪いな。日常茶飯事とは言え」
「折角ここまで来たんだ。積もる話は家でしよう。それにしても随分な荷物だな」
「そうか? 長旅ならば普通だろう」

そういうものか?と一応納得の表情を見せた友は、私が捨て置いた両手持ちの鞄を拾い上げた。手で軽く土埃を払いのけ先に家の中へと消えてゆく。私はというと見るからに大きな旅行鞄の車輪を転がし、かつての我が家へと歩を進めた。


「荷物、お前の部屋に置いておくぞ」
「済まんな。私の荷物を持たせて」
「俺が捨てさせたんだ。そのくらい当然だろ?」

久方ぶりに入った殺風景な私の部屋は当時と変わらず、掃除が行き届いていた。荷物を隅に置きつつ、居残っていた奴は掃除好きだったか?と考えながら粗末な木の椅子に座ると、手際良く珈琲を淹れたサフィオールが入って来た。

「いつお前が戻って来ても良いように、掃除していたんだからな。感謝しろよ」
「お前自身の部屋もこうだったら、天変地異の前触れだな」
「ははっ、それは無いから安心しろ」

青年は冗談の応酬をしながらも、テーブルにマグを二つ置く。そのまま椅子に腰掛け、容器を手に取り珈琲をすする。私も出された飲み物に口を付ける。少し開いた窓から聞こえる微かな喧騒だけが室内へと伝わる。

「お前も元気そうで何よりだ」
「……なあ、ベレニケ」
「どうした?」
「一度死んでいても〔元気〕と言えるものなのか……?」

その言葉に驚きを禁じ得なかった。思わず顔を上げ、うなだれたままの相手に疑問をぶつける。

「どういう事だ? サフィオール」
「お前がいなくなってから時を置いて、ハーデスとの戦い――聖戦が始まった。『聖闘士は全員聖域に集いアテナをお守りするように』と言われ……」
「まさか……お前まで駆り出されたのか!? 馬鹿な!! お前は~」
「ああ。俺もお前も守護星座が無いせいで聖衣こそ授かっていないが、聖闘士の資格はあるだろう? どんなに敵の攻撃をかわそうが、生身の身体では余波でも致命傷だ」
「聖衣が無い者にまで過酷な戦いを強いたと言うのか!! アテナは正気か!?」

思わず声を荒げた私を咎めるでもなく〔同士〕は悲しげに微笑み話を続けた。

「アテナご自身も死を覚悟されていたのだから仕方あるまい。だがな、ベレニケ……負け惜しみではないが……」
「分かっている。皆まで言うな」
「もしも……もしもあの時、聖衣があれば…………っ!!」

それ以上言葉を続けられぬ男の胸の内を思うと、私も心が痛んだ。もしアベル様のお導きが無ければ私も眼前の友同様、非情な戦いに身を投じていたはずなのだから。私を気遣ってか沈黙を破った彼は、何時もの調子に戻り飄々と軽口を叩き始めた。

「そんなこんなで一度は死んだが、アテナのご加護で蘇ったってわけだ。どういうわけか身体や肌の調子もすこぶる良くてな。お前もやってみたらどうだ?」
「私にも一度死ねと言うのか? 生き返る保障があるなら試しても構わんが」
「冗談だ。当面の間は大きな戦も起こらないようだし、聖域(ここ)の復興も大分進んだ。……俺は聖闘士を辞めるつもりだ。聖衣の無い聖闘士など大した任務もこなせない。無駄飯食い以外の何者でもないしな」

既に自分も一度冥界へ赴いた身だとは口外出来ず軽口で応酬する。既に窓の外を見ながら話す友の顔は真剣で、このような時に限って言葉が思い浮かばない。その場を取り繕おうと在り来たりな質問を投げ掛ける。

「聖闘士を辞めてどうするつもりだ」
「そうだな……世界中を旅して見聞を広めたい。その後の事はそれから考えるさ」
「サフィオール……お前さえ構わなければ……」